(序章)気とは何か?

気について

21世紀に生きる我々は、昔の人が持ち得なかった生命観を描くことが可能になりました。即ち、我々は、宇宙について、また人体(生命)について、昔と比べものにならない程の深い知の体系を持つに至っています。

約150億年前にビックバンが起こり、そこから宇宙が始まりました。現在とは、宇宙が始まったビックバンから150億年後の「今」であり、また宇宙の空間には150億光年の広さがあり、地球はその150億光年の空間の中に浮かんでいます。

宇宙に「始まり」があるのですから、生命にも「始まり」があります。宇宙や生命に始まりがあることがわかったのは、1920年代の後半のことです。つまり、今一緒に暮らしている70才台、80才台のおじいさん、おばあさんが生まれた当時の話です。150億年、150億光年という時空のスケールで宇宙や生命をイメージできるようになったのは“最近の”話です。

ちなみに、太陽系ができたのは今から46億年前であり、地球の誕生は44-45億年前、それから地球の海の中で生命が誕生したのは38億年前と言われています。宇宙が始まってからかなりの時間がたって、地球上に生命が誕生したと言えます。さらに、海の中の生命が大陸の上に進出したのが5億年前であり、生物が進化を遂げ、ヒトが類人猿から分化し、人類としての歴史が始まったのが、約800万年前と言われています。

人類は自然の中で食物を獲得して生き延びて来たわけですが、農耕を開始した、即ち人類が自然に生えている草や木を刈りとって自然環境を畑に「改造」して、食料を自分で生産し始めたのは今から1万年前と言われています。言い換えれば、人類の文明の歴史は約1万年という訳です。この1万年という文明の歴史は、150億年の宇宙のスケールや38億年の地球上の生命のスケールから見ると、さらに陸上に始まった生命の5億年のスケールから見ても、実にほんのわずかな時間です。

また、分子生物学(分子遺伝学)が発達し、生物の基本設計は遺伝子にあって、その遺伝子の本体は、アデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)、シトシン(C)の、4種類の塩基の内の3種類の組合せを一単位とする情報の配列からなるDNAであり、DNAという「デジタル情報」と2重らせん構造によって、遺伝子のコピーが可能なものであることがわかったのは、20世紀の中盤です。

ヒトを形作る設計図となる全DNAの塩基単位数は30億個であることもわかりました。30億とは膨大な数字ですが、無限ではない有限の、数を数えることができるデジタル情報です。この30億の塩基配列は、コンピュータを使い、2003年4月14日に全てが解読されました。クローン羊「ドリー」が誕生したとの報道は1997年ですが、つい最近の事のように思えます。分子生物学を応用した再生医療の実用化も目の前です。

また、コンピュータとコンピュータを利用した情報ネットワークの進展には目をみはるものがあります。私は、コンピュータの発達も、生命観の形成に影響を与える一要素になっていると思います。

第一には、コンピュータはハードとソフトから構成されており、ハードとソフトが一体になってはじめて機能を発揮するということです(「コンピュータ、ソフトなければただの箱」とはずいぶん昔のフレーズの気がしますが、的を射ています)。私が言いたいのは、コンピュータのモデル、即ちハード(体)とソフト(心)という組合せが、生命とは何かを考える素材になったということです。人間を似せたロボットと人間自身との差は一体何なのかという問題を21世紀の人類は突きつけられています。

第二には、コンピュータの発達によって、コンピュータグラフィック(CG)が精巧にかつリアルに描けるようになったことです。これまで言葉で表現するには複雑であった概念が、視覚で理解できるようになりました。もともと人類は言語を持っているおかげで抽象的思考ができるようになりましたが、言語に加えてCGという新しい表現伝達手段を手に入れたことによって、更に抽象的思考が容易に、かつ深くできるようになったと思います。

第三には、インターネットの発展です。昨今の正に急激なインターネットの発展によって、我々が持ち得る情報量の多さと、個人間の情報のネットワーク構築の容易性は、情報に新たな「質」を生んでいると思います。即ち、インターネットによって個人の主張を発信しやすくなり、会社や団体の組織・共同体としての意思のみならず、個人の意思を他者に容易に伝えられるようになりました。それだけ、個々人の多様性が強調されるようになったと言えます。一方では、他者の主張も受信しやすくなり、しかもリアルタイムに近い短時間のうちに、多数の人間が同一の情報を受信できるようになりました。それにより、情報の共有化、言い換えれば人間が持つ思考・思想・概念の均質化が進んでいると思います。多様化と均質化が同時並行的に進み、この情報の量と質の変化が、人間が描く生命感に影響を与えていると思います。

人類は道具を発明して、自分の手の延長を獲得しました、また乗り物を発明し足の延長を獲得し、望遠鏡によって目の延長を、電話の発明で口・耳の延長を獲得しました。そして、コンピュータの発明によって遂に脳の延長を手に入れました。更に、コンピュータネットワークの発達によって、計算という脳の機能のみならず、「思考」の延長を手に入れたとも言えるでしょう。


「気」を説明するということ

上述の様に、宇宙や生命の成り立ちについては、真相の解明が急速に進んでいます。しかしその反面では、身近に感じているはずの「気」については、科学的な解明が進んでおらず、例えば気功治療で体の痛みがとれたという様な、気に関連する現象のみが話題にされがちです。

なぜ痛みがとれる現象が起こるのかということについて、論理的に解明しようということが、ほとんどなされていなかったのではないでしょうか。気功治療でなぜ体の痛みがとれるのか、という質問を例にすれば、質問している側は気とは何かを知りたくて聞いているのに、治療家側は「これが気功だ」という、回答になっていない回答をしているのでないでしょうか。

また、気は生命エネルギーだという言い方もあります。間違いではないのでしょうが、それでは生命エネルギーとは何なのかについての説明がないので、わかったような、わからないような説明です。結局何でも「気のせい」にしてきたような「気」がします。

一般的に、「気」というものを、神秘的なものや超能力あるいは特殊能力として捉え、また、気(気功)を扱う人を特殊な人間扱いにして、日常生活からかけ離れた別世界のものと見がちです。気を扱う側の人達も、一部の人はどちらかというと、気は特殊なものであると他人に説明して、自分自身を、マーケティング上差別化・神秘化して売り込んでいるようにも思えます。

しかし、私は、気は超能力でも特殊なものでもなく、人間を含む生物が生命体として当然に持っている(あるいは当然に外部から受け入れている)「何か」であると考えています。

そもそも日本語には「気」という字があり、「気」を使う熟語や言い回しが数多くあります。日常の会話の中でも当たり前の様に「気」という言葉を使っています。 例えば熟語では、「大気」(地球をとりまく空気の全体)、「元気」(活動のみなもととなるもの)、「気質」(人にあらわれるもの、気性)、「気風」(集団や同じ地域の人々が共通に持っているとみられる気質)があります(白川静著『常用字解』平凡社)。

言い回しでは、ちょっと「気をつけて」考えると、「気が合う」「気に入る」「気にくわない」「気を配る」「気が重い」等の言葉があるのに「気がつき」ます。また、合気道など日本の武道の目的は、気の鍛錬であるとも言われています。この様に、本来我々にとって、特に日本人にとって、本来「気」は特別のものではないはずです。あまりにも当たり前過ぎて、あらためて「気」と言われると身構えてしまうのかもしれません。

21世紀の知の体系は、昔に比べて飛躍的に進化しています。既に我々は、宇宙や生命の成り立ちについて、たくさんの知識を持っており、これらの知識をデータベースに、「生きるとは何か」「我々とは何か」という哲学的テーマについて、かつての大哲学者でさえ考え得なかった思索を行うことが可能です。

もちろん、現実には、私は、自分が「わかっていること」よりも、「“わからないということを知っている”こと」や「“わからないということを知っている”ことさえわからずに通り過ごしていること」の方が圧倒的に多いことを認識しています。しかし、しり込みしないで、今私が持っている知識のデータベースを基に、出来る限り論理的に“気とは何か”を考えてみようと思います。

第一章では、物質としての生物体について考えてみます。敢えて物心二元論の立場で物質としての生物体を考えてみますが、意外と面白い生命観を描けることに気づきます。

第二章では、ナナフシという、木の枝や葉に自分の体を似せて外敵から身を守る擬態昆虫を素材に、生物の進化の不思議を考えてみます。ここでは、第一章とは逆に、「意識」に焦点を当てて生物体を考えます。

第三章では、エントロピー増大の法則という熱力学の第二法則を基に「生命体とは何か」を考えて、「気」の正体に迫りたいと思います。生物体にとってエントロピーが増大していった最終点は「死」ですが、死の反対の「生きる」ことの表現として、量子物理学者のシュレディンガーの著書(『生命とは何か』岩波新書)の中に、「人間は負のエントロピーを食べて生きている」という有名な言葉があります。私はここに「気」の本質を捉える鍵があると思っています。

(第一章)物質としての生物体に進む

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