(第一章)物質としての生物体

人間の体は何から出来ているか

ここに、ひまわりの種が一粒あり、その重さを1gと仮定します。この種を土に植えると、成長して夏には大きな花を咲かせます。大きく育ったひまわりの全体の重さを例えば1kg(1,000g)とすると、最初の種の重さ1gが1,000gに増えた訳ですが、増えた999gはどこから来たのでしょうか。

もちろん、ひまわりの根を通して地球上の土の成分や水を吸い取って大きくなったのであり、言い換えれば、ひまわりの系の中に999gが取り込まれ、ひまわり以外の系の質量が999g減った訳です。熱力学の第一法則に基づき、エネルギー(質量)の総和は一定で保存されるからです。

やがて秋になると、ひまわりの花びらや茎や葉は枯れ落ちて「土」に戻ります。即ち、植物を構成している(種1g以外の)999gの物質は、植物になったり、土や水になったりを繰り返していると言えます。

人間の場合はどうでしょうか。人間は1gもない受精卵から始まって、食物を摂りながら成長し、成人になると50-70kgの体重になります。人間の体も、無から有が生じる訳ではないので、外部の系から食物(質量)を摂り入れて体重が増えていきます。

人間が食べる食物は植物であったり動物であったりしますが、食物になる動物も食物連鎖をたどれば最終的には植物をエサにしているので、先程説明したように植物を構成する物質は「土と水」に由来する故、結局人間の50-70kgの体重を構成する物質は、間接的に全て「土と水」に由来していると言えます。

従って、50-70kgの人間が出来上がると、地球上の「土と水」が50-60kg分減るという言い方ができます。そして、人間は死ぬと慣用句の通り「土になり」ます。人間の体を構成する物質も植物と同じく土と水に由来しており、人間になったり、土や水になったりを繰り返している訳です。

人間(動物)は植物と違って、土と直接つながっておらず、土から離れた「動く物(動物)」ですが、生物体としての動物と植物の違いは、その生物体が土と直接繋がっているかどうかという点に過ぎないと言えるでしょうか。


レンタルの思想

アストロバイオロジーという言葉があります。これは、松井孝典氏が提唱しているもので、我々はどこから来てどこへ行くのか、我々は宇宙で孤独な存在か、というテーマを150億年と150億光年の時空のスケールで考えて、21世紀の知の体系を整理しようとする学問です。

同氏は著書(『宇宙人としての生き方』岩波新書)の中で、人間が作り上げた“人間圏”を悪い方向に持っていかないようにするにはどうすればよいか、という課題に対して、レンタルの思想という考え方を提唱しています。人間の欲望を満たす為に人間圏を拡大してきたのが文明の歴史ですが、今後、生活の豊かさということを考える上で、物の所有について考え直す必要があると提言しています。

つまり、豊かさを実現していく上では、実際には物(の所有)を必要としているのでなく、物の機能を必要としているのでないか。 それならば、レンタルという格好で機能を使い、物としては返すという思想で人間圏を考えていけばどうか、というものですが、このレンタルの思想の提言の中に、人間のからだについて味わい深い文章がありますので以下にご紹介します。

「我々の存在そのものも実はレンタルです。我々は自分のからだを自分の所有物だと思っています。しかし、これは物としては地球から借りているにすぎません。死ねば地球に返るだけのことです。借りたものから、各種の臓器をつくり、臓器の機能を使って我々は生きている。その機能を使うということが、生きるためには重要なことであって、からだそのものが物として意味があるわけではありません。地球から材料をレンタルして我々は自分のからだをつくり、その機能を使って生きているだけのことです。」


新陳代謝

上記の「人間のからだは、物として地球から借りている」という説明について、一点補足しておきたいことがあります。それは、一旦地球からからだの材料を借りれば、その材料は死ぬまで借りっ放しという意味ではない、ということです。人間は生きている間、絶えず新陳代謝を行っています。新陳代謝とは、古くなった体細胞が捨てられ、体外から摂り入れた物質を基にして作られた新しい細胞と入れ替わることです。

人間の成人の細胞の数は約60兆個あり、毎日3,000億個から7,000億個(!)の古くなった細胞は死んで、新しい細胞と入れ替わっているといわれています。3,000~7,000億個とは60兆個の百分の一前後ですが、一ヶ月で体全体の細胞の約三分の一が新しい細胞と入れ替わる計算になります。一説には、新陳代謝のサイクルは、肌は28日、心臓は22日、胃腸は5日、筋肉・肝臓は60日、骨は90日といわれています。

毎日食事を摂って新しい細胞が生まれ、古くなった細胞は、老廃物として垢や尿、便として体外に排出されています。つまり、死んだ時には、地球から借りていたからだの材料の全てを地球に返しますが、生きている間も絶えず地球から材料をレンタルしたり、返したりを繰り返している訳です。人間の一生にわたる生命活動というのは、5日間から90日間の「短期レンタル」の連続で成り立っているという言う方ができるでしょうか。

からだの材料は地球からレンタルしているので、レンタルしたものは返さなくてはなりせん。しかし、返却を怠ると、からだの中に古い細胞が滞って肥満になったり、場合によっては古い細胞が腫瘍に変化したりしてからだに変調をきたします。

従って、私は、この「借りる(食べる)」と「返す(老廃物を体外に出す)」の両方のバランスをとって、健康体という秩序を保つのが生物体の本来の生命活動ではないかと思っています(「健康体という秩序」については、第三章でもう一度取り上げます)。

「生きるため食べる」という考え方は間違ってはいませんが、食べるだけでなく、地球から借りたものはタイムリーに地球に返す=老廃物は体外に出すという認識も、正しい生命観を形成する上で大切な概念だと思っています。 呼吸も、「大気のレンタル」というレンタルの思想に含まれるでしょう。

Tweet about this on TwitterShare on FacebookShare on Google+Print this pageEmail this to someone